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Ep0033[連載01](目次)【マーケットを震撼させた歴史的事件と畏れーチューリップ・バブル、ミシシッピ計画、南海泡沫事件】

 
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週間トレーダーズ・トリビューン
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”貴族、平民、農民、職工、水夫、人夫、メイド、煙突掃除人、年老いたお針子までも、国全体が経済活動をそっちのけにして、チューリップ球根の投機に浮かれた。最初は「たかが玉ねぎの値段がこんなに高くなるのはおかしい」と馬鹿にしていた分別ある人ですら、友人や身内が得る巨利を前に、ゲームに参加したいという誘惑に、打ち勝つ事は容易ではなかった” <チャールズ・マッケイ>

 

今回のレポートは「マーケットを震撼させた歴史的事件と畏れ」と題して、過去にマーケットに大変動をもたらした事例・事件を数回に分けて列挙していきます。

 

相場には「恐がりは儲けられない」という言葉があります。リスクを取ることを恐れていてはリターンも得られない、と解釈することができます。

 

確かにトレーダーがマーケットを恐がっていては利益を作ることができません。またマーケットを恐れるほど大きなポジションでトレードを行っても、長く生き残ることはできません。

 

しかしマーケットに対して「恐れ」を感じるのはトレーダーにとって害悪なのかというと、必ずしもそうではありません。マーケットに対して「畏れ」や「畏怖の念」を感じながらトレードに臨むことは、トレーダーの「姿勢」という意味では正しい振る舞いではないでしょうか。

 

■恐れ(おそれ) こわがる気持ち。恐怖。不安。「将来への漠たる―」

■畏れ(おそれ) 敬い、かしこまる気持ち。畏怖 (いふ) ・畏敬 (いけい) の念。「神の偉大さに―をいだく」

出典:デジタル大辞泉(小学館)

 

「恐れるな」と言えば、次は「畏れよ」と言う、相場にはこのように一見矛盾を抱えていると感じる訓えも多いものです。

 

以下に、歴史的な事件を簡単に紹介します。時代が変わっても人は変わらず、繰り返し起こる危機。歴史から学びマーケットを「恐れ」るのではなく「畏れ」の念を持てば、立ち位置を間違えることは回避できるかもしれません。

 

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連載目次

 

Ep0034[連載02]【ノーザン・パシフィック鉄道株買い占め事件、ブラック・サーズデー、ブラック・チューズデー】
(目次へ戻る) ”株投機は世界で最も魅力的なゲームだ。しかし怠惰な人、感情をコントロール……

 

Ep0035[連載03]【ニクソン・ショック、第一次オイル・ショック、第二次オイル・ショック】
(目次へ戻る) (前号のつづき) “ポジションを持ち続けていたら、数十万ドルの損失になっ……

 

Ep0036[連載04]【プラザ合意、竹下登大蔵大臣発言、ブラック・マンデー】
(目次へ戻る) (前号のつづき) "特に分かりやすい例はブラックマンデーだ。この日、これ……

 

Ep0037[連載05]【日本のバブルの頂点と崩壊、ポンド危機とソロスのポンド売り】
(目次へ戻る) (前号のつづき) "ドル/マルクで10億ドルのショート?それでポジション……

 

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チューリップ・バブル

 

1637年のオランダで発生した世界最初のバブルとその崩壊。近世ヨーロッパの三大バブルの一つ。

 

オスマン帝国産のチューリップの球根の価格が100倍に高騰し、その後1/100以下まで暴落した。1634年ごろに高騰を始め、1637年に終焉した。

 

末期には、投機に必要な元手を持っていないはずである最も貧しい民衆をも巻き込んでバブルは進行した。国民全員がチューリップの球根の投機と、投機資金の金貸しに熱を上げ、誰一人として本業の仕事を全うしなくなったとされる。

 

イギリスから渡航してきた植物学者がチューリップの球根を珍しがり、観察するためにタマネギのように皮をむいてしまったことから監獄送りになった、という逸話まで残っている。

 

バブルの崩壊は1637年2月3日。正確には「暴落」ではなく、勅命による「即時デフォルト」であったとされる。国民全員が多額の債権者であるのと同時に多額の債務者であるという状況で、誰も新たな球根を買い増すことができず、また売ることもできない、バブルが極限に達した異常な事態であった。

 

近代の歴史経済学者によると、様々な所説あるものの、なぜチューリップの球根の価格がこれほどまでに異常な高騰をみせたのか、はっきりとしていない。

 

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ミシシッピ計画

 

1717年から1721年に起こったフランス・インド会社株価の高騰と暴落。近世ヨーロッパの三大バブルの一つ。

 

ミシシッピ計画は、フランスが建てた国家プロジェクトで、植民地であったアメリカのミシシッピ川周辺における開発と通商に関する計画である。時はヨーロッパ人による大航海時代が終焉し、世界地図の海岸線がほぼ繋がった今、内陸部の植民地開発が急務であった。

 

スコットランド出身のジョン・ローという投資家が、ミシシッピ計画を仕切るために、現在でいう大規模なM&Aを実行し、「インド会社」という会社を設立した。この会社は王室から様々な貿易特権を獲得し、やがて王室銀行までをも所有すると、同社の株が投機買いされるようになった。

 

1719年の初め、インド会社の株価は500リーブルであったが、年末には15,000リーブルに高騰していた。しかし1720年の夏に急激な信用圧縮が起こると、1721年初の株価は500リーブルまで下落した。

 

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南海泡沫事件(なんかいほうまつじけん)

 

1720年年初にイギリスで発生した、通称「南海バブル」のこと。近世ヨーロッパの三大バブルの一つで、同年秋には崩壊という超短期バブルであった。泡沫=バブルは、経済用語「バブル」の語源である。

 

「南海会社」は奴隷貿易を行う目的で設立されたが、密貿易の横行や海難事故が続き、会社は倒産寸前であった。そこで1718年に宝くじの発行を行い、金融機関としての再出発を試みた。

 

宝くじの発行で成功を収めた同社は、自社株を舞台にした「南海計画」と呼ばれるマネーゲームを市場に仕掛ける。このマネーゲームには悪徳な政治家も関わっており、多くの投機家を呼び込むことに成功、貴族から下民までをも巻き込んだ空前の投機ブームが起こった。

 

1720年1月の同社の株価はおよそ100ポンドであったが、6月24日に最高値1050ポンドをつけた。連れて東インド会社株やハドソン湾会社株も高騰、泡沫会社が乱立した。しかしその後すぐに株価は暴落し、多くの破産者や自殺者を出した。

 

このバブルでアイザック・ニュートンは7000ポンド儲けていたが、暴落までに売り抜けられず20,000ポンドの損失を出した。

 

“私は天体の動きは計算できるのだが、人間の狂気ばかりは測りきれなかった”<アイザック・ニュートン>

 

(次号につづく)

 

Ep0034[連載02]【ノーザン・パシフィック鉄道株買い占め事件、ブラック・サーズデー、ブラック・チューズデー】
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