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■それで面白い話とはどんなものですか?
□勝てなくなって再び危機感を覚えた僕は、その年の夏にある証券会社に面接に行ったんだ。誰でも知っている証券会社だよ。マーケットは無風状態が続いていて稼ぎようがなかったし、証券ディーラーにも興味があったからその時期をディーラーとして過ごそうと思ったんだ。
1カイ2ヤリしかやっちゃダメ
■なるほど。
□証券会社の面接官は僕の履歴書に目を通すなり、こんな感じでトレードの条件を言ってきた。「自己勘定トレードだから※1カイ2ヤリしかやっちゃダメだよ。もちろん※日計りね」
※1カイ2ヤリ
「板」の買い気配値で新規買いを行い、直後に売り気配値で売り決済を行うこと。「ヤリ」とは「売り」のことで「ヤリ板」は「売り板」、「ヤリ玉(ぎょく)」は「売り玉(ぎょく)」のことを指す。つまり「1カイ2ヤリ」とは「1円で買って2円で売る」ようにスプレッドを抜く売買手法のことを意味する。
この手法は「板」の特性に依存していることから、FXなどで俗に言われる「スキャルピング」のそれとは少々異なる。スキャルピングは単に細かい値動きを取ることを指すが、「1カイ2ヤリ」は値動きではなくその瞬間の売り気配値と、買い気配値のスプレッドを取りに行く手法である。
証券会社が行う自己勘定トレードでは、手数料が発生しない上に一日の売買回数の上限もなく、また通常の投資家は見ることができない一番下から一番上の板までの玉を全て見通すことができる。このことから「1カイ2ヤリ」は証券ディーラーのドル箱的手法であり、また自己勘定トレードの基本戦略だった。証券ディーラーはこの優位性に頼り、1日に数百回の売買を繰り返し、無リスクで確実に日銭を稼ぐことができた。
個人投資家が「1カイ2ヤリ」の真似をしようとすると、手数料をカバーするためにある程度の値動きに依存せざるを得ない。そのため利益の割に効率が悪く、「損大利小」の代名詞的な手法となっている。さらに近年の取引所の約定速度の高速化によって、もはや生身の人間が手作業で行うことは不可能に近いと言える。
※日計り
当日の引けまでに持玉の決済を行い、翌営業日まで持ち越しをしないこと。
個人トレーダーのほうが余程相場はできる
■随分と消極的なトレードしかさせてもらえないのですね。
□そうだね。証券ディーラーは所詮その程度のスキルしか持ってないんだと思った。「熟練ディーラーでも1カイ2ヤリしかやってない」とも言っていたんだ。僕は面接に来るところを間違えてしまったことを悟った。
※フロント・ランニングにも頼らず、手数料にも負けない、純粋な意味で「相場の勝負」している個人トレーダーのほうが余程相場はできるだろう、と瞬間的に感じたね。この面接を受けて以来、証券ディーラーには何の魅力も感じなくなったんだ。
※フロント・ランニング
客注が入った際に、客注より先に自己玉を約定させること。フロント・ランニングには様々なケースが指摘されているが、いずれにしても取引所の「価格優先・時間優先の原則」に逆らう行為であり、また客注の利益を不当に奪うものであることから、どの取引所でも違法行為とされている。客注を執行させることによりマーケットが大きく動くと思われるとき、先に自己玉を執行させ順行した後に売り抜ける方法や、客注を執行する前にまず自己玉で板を食い、板がなくなった直後にその客注に自己玉をぶつけて利食いする方法など、多くのケースが指摘されている。
■その「1カイ2ヤリ」の条件でしばらくディーラーの下積みをすれば、やがて持ち越しなどもやらせてもらえるのではないのですか?
□他の証券会社はどうか分からないけど、僕が面接に行った証券会社はリスクのある取引は一切やっていないと言っていた。なかなか固い人達だったよ。支店によっても違いがあるのかもしれないけれど、証券ディーラーの実務はどこもそんな感じじゃないかな?彼らは相場で勝負なんてしていないよ。
日経225先物はよく分からないからやっちゃダメ
■そうなのですか。
□あと僕の日経225先物の売買譜も持って行ったんだ。すると驚いたことに面接官の口から出た言葉はこうさ。「日経225先物はよく分からないからやっちゃダメ、信用もダメ、現物のみだよ」。僕は仰天した。
■本当に?
□信じられないだろ。その先の会話はこんな感じさ。
面接官:「これまでの話を聞いて、当社でがんばれそうですか?」
KEN:「(う~ん……)本当に日経225先物はやれないのでしょうか?」
面接官:「リスク管理はどうですか?1~2ティックで損切りできますか?」
KEN:「それは無理です。リスク管理はティック数ではなく、金額で行ってきたので」
面接官:「う~ん、確かに流動性の高い日経225先物で1~2ティック切りは厳しいか……では具体的に何ティックですか?」
KEN:「ですからティック数ではなく……せめてリスク許容金額を決めてもらえれば……」
面接官:「そんなことをあなたが言う立場ではないでしょう」
KEN:「は、はぁ……」
面接官:「まぁ、しばらくは最低ロットで現物の1カイ2ヤリをやってもらいます」
■なんだか面接官は、あまりわかっていない印象ですね。
□そうなんだ。よくよく話を聞いてみると、どうやら日経225先物の経験者がほとんどいなかったみたいだね。僕は驚きを通り越して呆れてしまった。1カイ2ヤリのデイでしかも現物のみなんてあまりにバカげた仕事内容だと思ったし、面接官の口調はまるで「ニートのトレーダーのやり方なんて認めない」と言いたそうだった。
そんな雰囲気を感じ取った僕もイライラしてしまっていた。それでついこう言ってしまったんだ。
KEN:「御社には相場をやっている人はいないのですか?」
■あー。
□すると面接官は「あのね、ココどこだと思ってるの?」と答えてこう続けたんだ。
面接官:「当たり前じゃないか。相場をやるのは客だよ。」
□こんな感じの話を15分以上話したよ。最後までお互いに「何を言ってるんだ……」って感じだった。リスク管理を完璧にしてるのはわかるのだけど、証券ディーラーって完全にロボットなんだよ。面接をしてみてそんな感想だった。
■それで、証券会社の面接の合否はどうだったのですか?
□もちろん不合格さ!(爆笑)
(次号につづく)
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