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■専業トレーダーになって、早くも3ヵ月目には50%もドローダウンさせてしまったのですね?それであなたどうしたのですか?
□mixi株で致命傷を負って、じり貧になった僕の心は病んでいた。もうお先真っ暗という感じで、金がないので悪い考えも浮かんだ。
そんなしみったれた自分が嫌になって、どうにかしてこの状況を打破できないかとプランを練り直してみたんだ。最初の3ヶ月間は頑張っていたつもりだったけど、それは甘かったとやっと気が付いたんだ。
家庭教師のアルバイト
■練り直したそのプランとは?
□現物株のトレードは一切止めることにした。そして半年後から取引を始める予定だった日経225先物、これ一本に切り替えることにした。現物株口座に残っていた資金を全て引き出し、日経225先物口座に移動した。
■それとアルバイト、ですね。
□そう。大したことではないのだけど、先物の勉強と実践をする合間にアルバイトをすることにした。少しでも家計の助けが必要だったし、先物で食って行けると確信が持てるようになるまでアルバイトをして時間稼ぎをしようと考えた。
■まさに「負けたらもはや勝つまでやり続けるしか道はない」って感じですね。
□信用(信用取引)のレバレッジでは、立ち直るのは不可能だと感じていた。その点、先物なら十分なレバレッジが使える。
■何のアルバイトをしたのです?
□僕は数学が得意だったんだ。まず僕は家庭教師のアルバイトを申し込んだ。この家庭教師のアルバイトは時給も高いし、生徒の家に教えに行く時間は夜がメインだった。※夕場がクローズしてからの時間帯だから、このアルバイトは自分に丁度良いと思ったんだ。
※夕場
現在のナイトセッションのこと。当時は夜間取引の大引けは20:00、その後に23:30まで延長となった。イブニング・セッションとも言われた。
■学力を活かした良いアルバイトを見つけましたね。
□でも面接で落とされてしまったんだ。ニートになってヒゲは毎日は剃らなくなったけど、その日だけはキレイにした。しかし目の下にクマを作って死にそうな顔をしていたのかもしれない。とにかく人相が悪く見えたのだと思う。
夜間に10代の若い生徒の自宅に訪問するような仕事だから「数学の偏差値が70を超えていた」僕だったけれど、きっと「怪しい」という理由で落とされてしまったんだね。
ああ、もう本当に後がないんだな
■笑っても良いところなのかわかりません……。
□ちょっと話が脱線するけど話してもいいかな?この頃にちょっとした話があってさ。サラリーマンの頃から、よく女性から宝石の電話勧誘がチョイチョイかかってきていたんだ。僕はそのときは付き合っていた彼女もいたし、宝石にも興味もなかったから、電話があっても適当に話を合わせてすぐに切っていたんだ。
■ぜひお聞きしたいですね。
□でも専業トレーダーになった後に電話勧誘の彼女からかかってくると、寂しさのあまり普通に話をするようになったんだ。付き合っていた彼女とも別れたばかりだったし、何というかこんなニートの僕の相手をしてくれるのが嬉しくてね。もちろん彼女は僕に宝石を売りたかっただけなのかもしれないけど、それでも僕は嬉しかったんだ。
ところがあるとき彼女に「実は仕事を辞めたんだ」と言ったんだ。そしたらプツッと電話が切れたよ。それ以来、彼女から一度も電話が来なくなった。あのとき僕は社会的な信用を失うということがどういうことなのかを理解したんだ。
宝石を買うのには百万円単位のローンを組む必要があるだろ?大手製造メーカーに数年勤めていればそのローンも通ったのかもしれないけれど、会社を辞めてしまったニートでは高額ローンは絶対に通らないからね。彼女はそれを察したんだと思う。ニートになった僕には用はない、ってことさ。
ショックだったね。相場も上手くいかなければ、アルバイトの面接も受からない。ニートになったとわかったら宝石の営業の電話すらも来なくなった。僕は自分の置かれている状況というものを身をもって再認識させられたんだ。
「ああ、もう本当に後がないんだな」と改めて感じたし、社会的にゴミ扱いをされているような気になった。被害妄想ってやつなのかな。僕はきっと人より精神的に弱い人間なんだろうね。
先物の勉強はアルバイトから帰ってきてから朝まで
■言葉になりません……。
□話を元に戻すと、家庭教師のアルバイトは面接で落とされてしまった。それで結局、実際にやったアルバイトはラブホテルの客室の清掃係さ。
夜の20時に出勤して清掃係の控室で待機をするんだ。それでお客が部屋を退出したら、先輩のおばちゃんと一緒にすぐに部屋の清掃に取りかかる。それで10分以内に掃除を終わらせる。10分で完全にきれいにしなければならないんだ。最後にフロント係に清掃終了の連絡を入れて、その部屋の「空き」のランプを点灯させてもらう。これがアルバイトの内容だった。
時給は700円。僕は毎日、夜中の3時まで働かせてもらった。先物の勉強はアルバイトから帰ってきてから朝までやった。
(次号につづく)
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